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東京高等裁判所 平成7年(ネ)4419号 判決 1997年1月29日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2 被控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文第一項と同旨。

第二  事案の概要及び証拠関係《略》

一  (当審における訴訟の承継)

1 承継前被控訴人佐川一信(以下「佐川」という。)は平成七年一一月一九日死亡し、その相続人は妻である佐川由起子、子である被控訴人及び佐川亜木子であるが、右三名の間で、被控訴人が本訴請求債権を単独で相続する旨の協議が成立し(当事者間に争いがない。)、被控訴人が本件訴訟の当事者たる地位を承継した。

2 右の承継に伴い、原判決二枚目裏二行目の「原告」を「佐川」と改め、同五行目の次に改行して右1の事実関係を付加するほか、本件訴訟の当事者たる地位にある者を指す場合を除き、その他の「原告」とあるのをすべて「佐川」と改める。

二  同三枚目裏九行目の括弧内を「本件全日版記事の見出し中「水戸芸術館建設など、窮状打開へ現金攻勢」の部分が四角型の枠で囲まれていたとの点を除き、当事者間に争いがない。そして、乙第二号証によれば、本件全日版記事の右見出し部分には右枠囲いは存在しなかったことを認めることができる。」と改める。

三  同七枚目裏六行目の「事業して」を「事業として」と、同八枚目表八行目の「指すもの」を「指すものと」と、同一三枚目表一〇行目から一一行目にかけての「わあたる」を「わたる」とそれぞれ改める。

四1  (当審における控訴人の主張)

水戸芸術館建設工事の受注経過は公共の利害に関する事項であり、本件報道はもっぱら公益を図ることを目的としてなされたものであるところ、清水建設が当初本命とされていたこと及び清水建設が敗れたのはライバル会社が水戸市幹部などを相手に営業活動を展開しそれが功を奏したとされていたことは真実である。また、仮に真実でなかったとしても、控訴人の取材担当者等は関係者からの取材結果に基づき右事実が真実であると信じたのであり、このことに相当な理由があった。したがって、仮に本件記事及び本件全日版記事中の右部分により佐川の名誉が毀損されたとしても、控訴人は名誉毀損の責任を負わない。

2  (右主張に対する被控訴人の答弁)

控訴人の右主張は否認する。本件記事は、その内容と掲載された時期等に照らすと、茨城県知事選挙において佐川を当選させないために作られた意図的なものと評価せざるを得ないものである。

第三  争点に対する判断

一  本件記事について

1 《証拠略》によれば、次の事実を認定することができる。

(一) 茨城県知事(退職した者等の地位は、いずれも退職等の前のものである。)は、平成五年七月二三日にゼネコンと呼ばれる大手総合建設会社からの収賄容疑で逮捕され、同年八月県知事を退職したが、その後、更に同人に対し、清水建設の役員から茨城県の発注する公共事業に関連して贈賄がなされた嫌疑が生じ、同年九月二〇日、清水建設の会長が右贈賄容疑で逮捕され、茨城県知事も右収賄容疑で再逮捕され、同月二二日には清水建設の副会長及び常務取締役も逮捕された。茨城県知事が逮捕される少し前にも、他の複数の地方公共団体の首長がゼネコン関連の収賄容疑で逮捕されており、そのほかの出来事も重なって、本件記事が掲載された同年九月二五日当時には、新聞等の報道機関は、公共事業にからむ地方自治体首長とゼネコンとの疑惑関係の報道を繰り返していた。控訴人も、茨城県知事と清水建設関係の疑惑については、前記会長が逮捕される前から連日右疑惑に関する報道をしていた。

(二) 本件記事は、リード(冒頭の要約部分)の内容が、清水建設は水戸市が昭和六三年に発注した水戸芸術館の建設工事で当初受注を本命視されながらライバルのゼネコンに逆転受注されていたことが二四日(本件記事掲載の前日)までの関係者の話で明らかになったこと、清水建設はその後の大型工事の受注を相次いで逃したこと、このため清水建設の首脳陣は大型プロジェクトの受注を狙って茨城県知事に現金攻勢をかけたとみられることという趣旨のものであり、記事本文の要旨は次のようなものである。

水戸芸術館は水戸市の市制百周年を記念して建設され平成二年に開館したものである。清水建設は他の業者などとの五社共同企業体(JV)で水戸芸術館建設工事のA工区の入札に参加した。関係者によると清水建設は当初本命とされていたが、入札の結果ライバルのゼネコンのJVが契約を結んだ。右建設工事は水戸市発注の工事としては過去最大の規模のものであり各社は激しい受注合戦を繰り広げたが、清水建設が敗れたのは、ライバル会社が水戸市幹部などを相手に営業活動を展開、それが功を奏したためだとされた。清水建設は水戸市及び茨城県のほかの工事でも下水道工事などにしか参入できなかった。茨城県内の主要工事での相次ぐ敗退は大きな打撃であったため、清水建設は支店の新設等をして地域密着型で営業の強化を目指したという。県知事に対する贈賄工作は、営業強化策の切り札として窮状を打開しようとする狙いがあったとみられる。

そして、右記事の見出しは、横書きで「清水建設」と記載した下に、いずれも縦書きで、白抜きの大文字により「大型受注相次ぎ失敗」との大見出しを掲げ、その左脇に小さめのゴシック体活字で「88年、水戸芸術館も」と記載し、その下部に、少しスペースを空けて、大見出しより小さめの活字で「窮状打破へ贈賄?」と記載されているものである。

(三) 水戸芸術館は、水戸市の市制施行百周年を記念する大型事業として、指名競争入札の方法により発注され、総工費約一〇三億円をかけて建設された音楽、演劇、美術三部門の複合施設であり、平成二年三月二二日に開館されたものである。そして、その構想と建設は水戸市長であった佐川により積極的に推進されたものであり、佐川の方針により、館長には音楽的評論家として著名な吉田秀和が招聘されるとともに、その運営費に水戸市の予算の一パーセントが充てられるなど、地方都市の芸術関係施設としては異例の熱心な取り組み方がされたため、新聞、雑誌などで佐川の業績であることを含めて広く紹介され、佐川の市政を象徴するものと評価する向きもあり、佐川自身これを水戸市長としての業績として自負していたものであった。

(四) 茨城県知事は、前記最初の逮捕の翌月辞任したため、本件選挙が実施されることとなった。佐川は、「茨城県民の会」等に推され、平成五年八月三一日水戸市長を辞任して右選挙に立候補し、県政の浄化等を掲げて選挙運動をした。右「茨城県民の会」の法定届出ビラ第一号には、水戸芸術館の施設の写真が大きく掲載されているが、これは、前記のような佐川の業績を強調する目的でなされたものである。そして、佐川は、選挙運動期間中の数種類の新聞では比較的優勢な状況である趣旨の報道がなされていたが、同年九月二六日になされた投票の結果、約三万五〇〇〇票差で落選した。本件記事が出た日は、右投票日の前日にあたる。なお、本件記事が掲載された日から翌日(右投票日)にかけて、茨城県内において、何者かにより本件記事のコピーが大量に配布された。

2 被控訴人は、本件記事は、見出し及び本文の双方ともに佐川の名誉を毀損する内容のものであると主張している。そこで、まず見出しについてみると、被控訴人は、一般読者は、見出し自体により、「清水建設」が「大型受注」に「相次ぎ失敗」したため「88年、水戸芸術館」の建設工事についても「窮状打破へ贈賄」をした疑惑がある趣旨に理解するというものである。そして、当裁判所も、見出しだけを読む読者のうちにはそのように理解するものがいないではないであろうという限りで、被控訴人の右の指摘には正当な面があると考える。しかし、右の見出しには、一般読者であればそのように理解するのが通常であるということができるほど断定的な表現や体裁は用いられていないのであり、水戸芸術館は清水建設が受注に失敗した建設工事の例としてあげられていると読むことももとより不可能ではなく、むしろ、「88年、水戸芸術館も」部分の位置と見出し全体の構成に照らすと、一般読者の読み方としては後者のように読みとる場合が多いであろうと考えられる(このことは、前記認定のようにゼネコン関連の疑惑が社会の注目を集めていたことを前提としても変わるところはない。)。そして、見出しだけを読んで報道内容を理解する読み方は一般の読者の通常の読み方ということはできないところ、本件記事の本文を一読すれば、「88年、水戸芸術館も」という見出し部分は清水建設が過去に受注できなかった公共工事の一例として挙げられているのであって、見出しが要約するところは右の後者の意味であることを容易に理解することができる。そうすると、本件記事の見出しは、前記のようにそれだけでは他の意味に理解することが不可能ではないという点で不用意、不適切であるという評価を免れないところではあるが、そのような読み方は未だ一般読者の通常の理解の仕方とまで認めることができず、本件記事本文の意味内容と齟齬しこれを逸脱するものともいい難いのであるから、被控訴人の前記主張は、採用することができない。

3(一) 次に、本件記事の本文について検討する。本件記事本文には、水戸市の幹部などが水戸芸術館の建設工事について建設会社からの不正な働きかけを容れた疑惑がある旨の明示的な記載はないが、被控訴人は、水戸芸術館建設工事について清水建設が当初受注を本命視されていたという部分、清水建設がライバルのゼネコンに逆転受注されたという部分、各社が激しい受注合戦を繰り広げ、清水建設が敗れたのはライバル会社が同市幹部などを相手に営業活動を展開し、それが功を奏したためだとされたという部分等を一般読者が読めば、水戸芸術館の建設工事に関して水戸市の幹部らが建設会社から贈賄などの不正な工作を受けたため正規の競争入札の結果によらずに落札業者を決定したことを報道するものと理解するほかないと主張するものである。

(二) 被控訴人の右主張のうち、清水建設が本命視されていたという部分は、指名競争入札の方法により締結される請負契約であっても、受注を希望する建設会社中に本命と目されるような建設会社が存在することは被控訴人主張のような不正行為を前提とするまでもなくあり得るところであるから、右の部分がそれ自体で何らかの不正行為の存在を推測させることになるとまで認めることはできない。また、水戸市幹部などに対する営業活動とか激しい受注合戦とかいう部分は、指名及び落札自体を目的として水戸市の幹部などを直接対象として展開される活発な営業活動なるものを具体的に想定することが必ずしも容易ではなく、何らかの裏工作を暗示するような印象を与えかねないものの、受注を希望する建設会社が指名の前後を問わず正当な営業活動と認められる範囲内で発注者側の幹部などを対象として宣伝、広報、情報収集に努力することも一般にあり得ないとまではいえないであろう。しかし、本件記事は、清水建設のライバル会社が「同市幹部などを相手に営業活動を展開、それが功を奏した」と報道しているのである。そして、清水建設及びライバル会社とも指名を受けることができ競争入札に参加することができたことは本件記事自体もこれを前提としているのであるから、右の部分は、清水建設及びライバル会社とも入札に参加し得たが、ライバル会社が水戸市幹部などを相手に営業活動を展開していたことが原因となって、その結果ライバル会社が落札することになったことを報道する趣旨に読まざるを得ない。ところが、指名競争入札の方法による場合には、いったん指名を受けて入札に参加することができた建設会社の間では、受注の成否は過誤や不正行為がない以上もっぱら入札価格によって決せられるのであることは一般に知られているところであるから、水戸芸術館建設工事の入札が正常に行われたのであれば、本件記事のいうライバル会社の落札と水戸市幹部などを相手方として展開されたという右ライバル会社の営業活動の間には、「水戸市幹部などを相手に展開した営業活動が功を奏した結果落札し得た」ということができるような関係は想定し得ないところである。そうすると、前記営業活動という言葉の意味し得るところとあわせ考えると、本件記事の右の部分は、清水建設のライバル会社から水戸市幹部などに対する何らかの不正な工作があり水戸市幹部などがこれを容れた結果ライバル会社が落札することができた疑惑があるという意味を含むものと考えざるを得ないのであり、これが一般読者の普通の注意を持った読み方にあたるということができる。そして、このような報道が水戸市幹部などの社会的評価を低下させる性質のものであることは明らかである。

二  本件全日版記事について

本件全日版記事について被控訴人が問題としている部分は、見出し及び記事本文とも本件記事とおおむね同様のものであるが、本件全日版記事の本文には、ライバル会社が受注したのはライバル会社の水戸市幹部などに対する営業活動が功を奏したものであるという趣旨の部分は記載されていない。したがって、本件全日版記事が水戸市の幹部などの名誉を毀損するものであるかどうかの判断は本件記事に関する判断とおおむね同様であり、前記一に判示したところによれば、本件全日版に右の水戸市幹部などに対する営業活動が功を奏したものであるという趣旨の記載がなされていない以上、右記事が水戸市幹部などの社会的評価を低下させるものと認めることはできない。

三  「水戸市幹部など」と佐川の関係について

前記一1(三)の認定によれば、水戸芸術館の建設工事にかかわった「水戸市幹部など」の中では、佐川が際立つ中心人物であり、このことは少なくとも茨城県民にはよく知られていたことということができる。そして、本件記事が掲載された当時、佐川は、水戸市長時代の業績を掲げて、有力候補者のひとりとして茨城県知事選挙の選挙活動を展開し、県民の注目の的となっていたのである。これらのことのほか、前記のような内容のゼネコン疑惑が社会の関心を集めていたことにも鑑みると、茨城県内の一般読者については、右のようにいわれる水戸市幹部などの中に佐川が中心人物として含まれるものと理解する者が少なくなかったと推認することができる。したがって、本件記事は、佐川個人の名誉を毀損する内容のものであると認めることができる。

四  控訴人の責任について

1 控訴人は、本件記事は水戸芸術館の建設工事について佐川に不正の疑惑があることを報道する趣旨目的のものではなかった旨強調している。そして、本件記事の内容と《証拠略》によれば、右の主張事実はこれを認め得ないではない。しかし、前記認定のように、本件記事を一般読者の立場に立って客観的に理解すれば、佐川に前記認定のような不正の疑惑があることを報道する趣旨のものと理解せざるを得ない部分があるのであり、このことは報道に携わるものが普通に注意すれば容易に予見しこれを未然に防止することができたものと認めることができるから、本件記事の掲載にあたった控訴人の被用者には過失があるというべきである。

2 なお、本件記事の右部分が真実であることを認めるに足りる証拠はない(控訴人は、問題の部分が風評形式のものであることに基づいて、清水建設が敗れたのはライバル会社が水戸市幹部などを相手に営業活動を展開しそれが功を奏したといわれていたこと自体は真実であったと主張しているが、右のような形式の記事であっても、その真実性はいわれていることの内容について立証される必要があると解するべきであるから、採用することはできない。)。また、控訴人は、控訴人の取材担当者がこれを真実と信じるについて相当な理由があったと主張しているが、《証拠略》によっても右主張事実を認めるに足りず、そのほかに右事実を認定するに足りる証拠はない。

五  損害とその回復について

佐川は、控訴人の前記名誉毀損行為により精神的苦痛を被ったと認めるべきところ、本件全証拠によっても、佐川が本件記事の故に本件選挙に落選したことまでを認めることはできない。そして、本件記事が佐川を名指して虚偽の事実を摘示したものではないことなど、本件の一切の事情を考慮すれば、本件記事によって佐川が被った右苦痛に対する慰謝料の額は、一〇〇万円と認めるのが相当である。ところで、佐川の死亡とその相続及び遺産分割協議に関することは当事者間に争いがないから、佐川の前記相続人中被控訴人以外の者は、法定相続分に従って分割相続した右慰謝料請求債権を被控訴人にそれぞれ全部譲渡し、控訴人はこれを承諾したものと認めるのが相当である。したがって、控訴人は、被控訴人に対し、右一〇〇万円を支払う義務がある。

なお、被控訴人は謝罪文の掲載を求めているが、前記のとおり本件記事が佐川が名指したものではないこと、佐川が死亡したこと等の事情に照らせば、右請求はこれを認める必要を欠くものというべきである。

六  結論

以上によれば、被控訴人の請求は、控訴人に対し一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな平成五年一〇月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容するべきであり、その余は理由がないから棄却するべきである。よって、これと同旨の原判決は結論において正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 加藤英継 裁判官 北沢章功)

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